تسجيل الدخول屋敷へと連れて来た初日、好奇心から部屋を訪れて、どの程度まで触れるか試したかった。
細く白い肢体はまだ子供の様な頼りなさが残る。
中性的な容姿に子供の様な体躯で頬を赤らめ、こちらの一挙手一投足に初心な反応を見せられ、堪らなくなった。
華奢な手首に口付けて、小鳥の様に逸る脈を感じる。
甘い肌の匂いに、酔いそうだった。
欲しい。
そう思った次の瞬間、彼が発情しないと言う問題が、自分の立場に大きな難となるのは明白だった。
運命の番としか結婚しないと、国王の名の下に誓っている。
彼が永遠に発情しなければ、嘘をついたところでいつかは手放す事になる。一度手に入れた後、手放す事はきっと出来ない。
気に入った者への執着は人より強い。
自分がそう言う質であることを、自覚している。
だからその後はあまり距離を詰めない様にしていた。
オルタナは荷馬車が到着するまでの間に、ウケイといくつかの約束をした。 道中、何かしらの問題が発生した場合には、自分の命を最優先に考える事。 そして修道院の遺体の件は秘匿されている為、遺体には“エヴレカ”という名前を付けられた。 会話の端々に遺体遺体と連呼するわけに行かないからだ。 エヴレカ―――古い国の言葉で“見つけた”という意味があるらしい。 一通りウケイの話が終わった後に、オルタナは課題の「答え合わせ」を願い出る。「ふむ。つまり灰と藁を調達して、あの無縁墓地に敷き詰めると?」「はい。灰で土の温度を上げ、風で舞ってしまわない様に藁を敷けば、枯れゆく間の匂いを軽減出来るのではないかと考えました」 それを聞いたウケイはぶつぶつと独り言ちた後、「及第点」と言った。「え?」「悪くない答えではありますが、一歩遅い」「……遅い」「まず、そう考えたのなら今日を待たずして私に材料調達を頼むべきでした」「……はい」「これは試験ではないのです。現実に問題が起こっていて、お前はラティ様に結果を出す様言われたはずですよ。覚えておきなさい、オルタナ。出遅れれば、どんな良策も下策に成り下がります」「すみません……」「常に状況を把握し、誰がどう考え動くのかを見なさい。そして自分がどう動くべきか判断しなさい。耳を澄まし、情報を整理し、判断し行動する」「はい、先生」 この人は、祖母と似たような事を言う。 オルタナはそう思いながら、何だか祖母と一緒に居た頃の様で嬉しくなる。「とは言え、答え合わせは行きの馬車の中で、と言ったのは私です。今回はもう私の方で対応策を準備してあります」「対応策……?」「はい。今回は灰ではなく炭を使います。その炭はアウルム駐屯地の兵士達がもう準備してくれていますから、一個小隊がアウルム修道院まで運んでくれる手筈になっています」
「ミレー、お前何怒ってんだ?」「ノエル、私が何に怒っているのか、分かっているのよね?」「はっ⁉」 「分かっているから誤魔化そうとしているのよね?」「ちょ、団長? これ、どうっ……」「分かった、ミレー。茶を淹れてくれ」「濃いぃの淹れて差し上げますね。だんちょっ!」 ティーセットと湯を用意して、オルタナが用意した茶を淹れる。 その途端、特警の詰所に、まるで猛暑日の厩舎の様な匂いが立ち込めた。 立ち昇る湯気に混ざる強烈な匂いに、ミレーも眉を顰める。 公爵とノエルは二人して結託し、自分を置いてけぼりにして婚約話を進めている。 政略的に婚約話が進められる事については、貴族の令嬢として仕方ないと重々承知していた。 でも、心が付いて行かない。 この二人だからこそ、除け者にされたのがより歯痒かった。 このくらいの仕返ししてやっても、罰は当たらないはずだ。 オルタナを巻き込んだのは、彼が不憫だったから。 大人のハッタリに騙されて自分の恋心を一生懸命に押し殺そうとしている。 そんな健気な彼を見ていると、背中を押してあげたくなる。 それが同情に似た粗末な感情だとしても、だ。「「……にっが!!」」 そうでしょうとも。 泥の様な色になるまで渋く淹れてやったんだから。 兄が三人もいる末っ子男爵令嬢を舐めるんじゃないわよ!「……それより、ミレー。オーリィとの密会は楽しかったか?」「え?」「オーリィとだからこそ、話せる事もあっただろう」 そう言って公爵は伏し目がちにこちらをチラリと見た。 「ヴィー様……」「オーリィは人の話を聞くのが上手い。あの子はジッと耳を澄まし、よく人の表情を見ている」 「……そう、ですね」 「彼には独特な雰囲気があるだろう?」「えぇ、本当に。楽しい時間
審議会が終わって、ミレーは特警の詰所で項垂れていた。 オルタナはウケイと共にアウルムへと出発した。 本当は傍に置いて守ってあげたかっただろう公爵は、オルタナの乗った荷馬車の行方を、特警の詰所の窓から見えなくなるまでずっと眺めている。 ミレーはその様子を執務室の机に突っ伏して盗み見た。「ヴィー様、オルタナがいなくて寂しいんですね」「なぁに、あのウケイ殿に特大の貸しを作って損はない」「特大?」「それより、ダリスに褒美をやらなきゃだな」「あぁ、あの侯爵家の坊ちゃんですかぁ……」「何だ? ミレー」「べっつにぃ……」 ミレーはそう言って、ふいっと視線を逸らした。 証言台に立ってくれたダリス・ファージに感謝していないわけではない。 だが、あの若造が侯爵家の嫡男でいけ好かないのも事実だ。 普段からヴィンス・サリバンを敬愛していると触れ回って、今回の内偵班にも権力を行使して選抜されたと聞いていた。 ハッキリ言って、嫌いなタイプだ。 事あるごとに公爵様公爵様と纏わりついては、媚びを売る。 家から何か言われているのか、本人の意志なのかは定かじゃないが、ぶっちゃけ目障りな少年だった。「機嫌が悪いな、ミレー。どうした?」「そんなんじゃありません。私だってオルタナがいなくて寂しいだけです」「そうか……」「あ、そうだ。オルタナからこれを預かって来ました」 ミレーはそう言って小さな袋を公爵に手渡した。「オーリィが俺に?」「ヴィー様がお疲れの様なので、疲労回復に効くお茶だそうですよ」「ほぅ……」 公爵は小袋を開けて、次の瞬間には眉を顰めた。 そうだろうとも。 偏食の公爵がこんな強烈な匂いのするものを好むはずがない。「すっごく美味
「ございません」 そう言ったしわがれた祖母の声に、周りの貴族達が眉を顰める。 貴族は美しい者が好きだ。 だから祖母を敬遠するのも仕方ないのかもしれない。 けれど、オルタナはこの久しぶりのあからさまな空気に、怒りを覚える。 見下している癖に、困ったらすり寄って来て、嘲笑している癖に、死にかけると縋りついて来る。 そんな人間でも祖母は、結局は助けて来た。 自分を育てる為、居場所を確保する為、自分の心を捨ててでも人々を助けて来た人なのに、彼らは祖母が一言発しただけでまるで汚い物でも見るかのような視線を藪から棒に投げて来る。 でも祖母は、教会での三年の修業が決まった瞬間、初めて口角を上げた。「なら、ついでにその王妃のご友人も教会で預かりましょう。十年もの間離れて暮らしていたのなら、その方が彼も嬉しいのでは?」 は? 絶対嫌だ。 教会なんかに連れて行かれたら、何をされるか分かったもんじゃない。 信者であるΩに凌辱を強いている奴らが、足のつかない死んでも何の損もないこんな格好な餌食を見逃すはずはない。「冗談ではありませんわ。私の友人ですから、私の傍に置かせて頂きます」「それはいけません。何かあっては……」「教会の信者の中では今、妙な病が流行っているのだとか。友人が殺されたら私、何をするか分からなくってよ」 笑顔、まぶしっ……。 この人は本当に十二歳なんだろうか。 あの大司教相手に物怖じせず言いたい放題言えるのは、他国から来たからなのか、幼さの特権か。「殺されるだなんて、王妃様も人聞きが悪いですな。その件に関しては、こちらできちんと対処します故、ご心配なさらずとも結構です」「私の友人を、貴方に監督して頂く義理もないわ」「私は王妃陛下の身を案じておるのです。余り我儘を仰せになりませぬよう……」「我儘? 私を躾ける
大きい体を震わせているモリガン大佐は、蒼白し涙目になっている。 ガッカリ? いや違う。憐れ? 何と言うか、残念な感じがした。 あんなに大人に見えていたモリガン大佐が、まるで子供の様に見える。 結局、脅されるだけ脅された挙句有罪となったモリガン大佐は、城の地下牢へと連れて行かれた。 その後、解散の声が掛かるのかと思いきや、公爵は王陛下に向き直り恭しく頭を垂れこう言った。「ナタリス・サリバン医師が陛下に懇請したい事があると申しております」「何だ? 申してみよ」「此度の件、もう一人御前にお目通り願いたい者がおります」「良い、許す」 重い審議所の扉が開かれ、そこに立っていたのは信じ難い人物だった。 オルタナは両目を見開き、息を飲んだ。 審議所内の貴族達が静まり返り、衣擦れが聞こえる。 栗色の髪に焼けた肌、爛れた様な酷い額の“魔女ドーラ”が質素な服に白いローブを身に纏ってそこに立っている。「っば……」 つい、声を上げそうになった所にウケイがずい、と背中で視界を遮る。 堪えなさい、とでも言うようにウケイがチラリと視線を寄こした。 オルタナは慌てて口元に手を当てコクコクと頷いた。 祖母は相変わらずの無表情で気持ち程度に頭を下げると、さっきまでモリガン大佐が立っていた中央辺りに歩を進めた。 良かった。婆ちゃん、元気そう……。 記憶の中の祖母とほぼ変わりない姿に、オルタナはホッと眉尻を下げる。 公爵を見ると、一瞬だけ目が合って伏し目がちに二ヤリと笑ってくれた気がした。「彼女は、この事件においてファージ一等兵の命を救ってくれました。彼女無くしてこの証言は得られなかった。その彼女に“特赦”を賜りたくここへ連れて参った次第です」「うむ。ならば……」
そこにはモリガン伯爵のサインがハッキリと見て取れる。「伯爵はモリガン軍の中に裏切者がいると言う事も、モリガンを窮地に陥れようとしている輩がいる事も気付いていた。貴殿には知らされなかったようだが」 公爵は「それが自分の子息だとは伯爵もご苦労なさる」と付け加えた。 殺された六名の兵士の内二人とファージ一等兵は、モリガン伯爵の依頼の元、モリガン軍に派遣された内偵班だった。 この時やっとオルタナは理解した。 公爵はこの裏事情があったから、最初からモリガン大佐を疑っていたのだ。「何故だ……父上……何故……」「モリガン伯爵は思慮深く、領民を守る為の最善を考えて来られたのは、我々も周知の事実。この件も審議の結は王陛下に委ねると言われている」「王国の犬に成り下がったと言うのかっ……クソがっ!」「御前で聞き捨てならん暴言だな、ルアド・モリガン」「ヴィンス・サリバン……特に貴様は許さんぞ。姉上を見殺しにした悪魔め!」 そのモリガン大佐の一言に、一瞬場がざわついた。 姉上を見殺しにした悪魔――――? オルタナは予想外のモリガン大佐の言葉に、一瞬公爵を見た。 だが公爵は相変わらず微笑を浮かべ動揺すらしておらず、まさしくその姿は悪魔の様にも見えなくはない。 騒めくその場の空気が、王陛下の一言で静まり返る。「ルアド、私の目の前でまだ醜態を晒す気なら、ここでその首刎ねてやろうか」 あの温室にいた王とは別人の様に見えた。 まるで人を虫の様に見下すその視線は、普段の柔和な表情とのギャップも相まってより一層冷たく見える。「王陛下、首を刎ねるなんて優しい仕置きで宜しいのですか?」 そう口を開いたのは隣に座るラチア様で、オルタナはその言葉の意味を最初良く理解出来なかった。「この者は私の友を罪人扱いしました。もっと苦しめて差し上







